はじめに:なぜ、指導がハラスメントになるのか?
「良かれと思って指導したのに、部下からハラスメントだと言われてしまった」
「厳しく指導することが、パワハラと受け取られないか不安で、思うように育成ができない」
このような悩みを抱える上司やOJT担当者が増えています。部下を育成したいという熱意があるにもかかわらず、ハラスメントを恐れて指導に躊躇してしまう。いわゆる「ハラスメント・ハラスメント」に陥ってしまうケースも少なくありません。
ハラスメントに対する社会の意識が高まる中、企業にはハラスメント防止のための措置が義務付けられ、その責任はますます重くなっています。しかし、最も重要なのは、ハラスメントを恐れて指導をしないことではありません。ハラスメントにならない「適切な指導」とは何かを理解し、自信を持って実践することです。
指導とハラスメントの境界線は曖昧で、この問題がデリケートであることはご認識の通りです。確かに、ハラスメントの判断では、行為者の意図だけでなく「受け手がどう感じたか」という主観的な要素も重視されます。しかし、同時に客観的に見て「業務上適正な範囲内」であるかも厳しく問われるのです。
つまり、行為者の意図がどうであれ、第三者から見ても業務の範囲を超えた不適切な言動であり、かつ受け手が不快感や不利益を感じて就業環境が害された場合、それはハラスメントと見なされる可能性が高いということです。
しかし、これを裏返せば、部下が「この指導は自分のためになる」と感じ、安心して受け止められる指導であれば、それはハラスメントにはなりません。むしろ、部下の成長を促す建設的な指導となるでしょう。
本コラムでは、ハラスメントの基本的な定義から、特にパワハラに焦点を当て、具体的にどのような言動がハラスメントになり得るのかを解説します。そして、部下が成長できる「ハラスメントにならない指導」のポイントや注意点をお伝えします。部下との信頼関係を築き、安心して育成に取り組めるようになるためのヒントを、一緒に見つけていきましょう。
ハラスメントの基礎知識と種類を再確認する
まず、ハラスメントとは何か、そしてどのような種類があるのかを改めて確認しましょう。ハラスメントに関する理解を深めることが、適切な指導を行うための第一歩です。
ハラスメントの基本的な定義
ハラスメントとは、「相手の意に反する不適切な言動によって、相手に不利益や不快感を与え、就業環境を害する行為」を指します。重要なのは、「行為者の意図ではなく、受け手がどう感じたか」が判断基準となる点です。
例えば、「厳しく指導して成長させたい」という意図があったとしても、その指導によって部下が精神的な苦痛を感じたり、業務に支障が出たりすれば、ハラスメントと見なされる可能性があります。
ハラスメントの主な種類(特に職場において)
職場におけるハラスメントは多岐にわたりますが、代表的なものは以下の通りです。
- パワーハラスメント(パワハラ):
- 職場における優越的な関係を背景とした言動
- 業務の適正な範囲を超えて
- 就業環境を害すること
- ※厚生労働省の定義に基づく
- 具体例:身体的な攻撃、精神的な攻撃(人格否定、無視)、人間関係からの切り離し(仲間外し)、過大な要求、過小な要求、個の侵害(プライベートへの過度な干渉)など。
- セクシャルハラスメント(セクハラ): 性的な言動によって、相手に不利益や不快感を与え、就業環境を害する行為。
- マタニティハラスメント(マタハラ): 妊娠・出産、育児休業等に関するハラスメント。
- ケアハラスメント(ケアハラ): 介護休業等に関するハラスメント。
- モラルハラスメント(モラハラ): 言葉や態度で精神的な苦痛を与える行為。パワハラと重なる部分も多い。
- SOGIハラスメント: 性的指向(Sexual Orientation)や性自認(Gender Identity)に関するハラスメント。
このコラムでは、特に指導との境界線が曖昧になりがちな「パワーハラスメント」を中心に解説を進めます。
指導とハラスメントの境界線:どこからがNGなのか?
「指導」と「ハラスメント」の境界線は、どこにあるのでしょうか。これは非常に難しい問題ですが、判断の基準となる重要な視点があります。それは、「業務の適正な範囲内であるか」「相手の尊厳を傷つけていないか」「教育的な目的があるか」という点です。
指導であると判断されるケース
- 業務上の必要性がある場合: 部下のスキル不足、ミス、規律違反など、業務遂行上、指導が必要な場合。
- 目的が明確な場合: 部下の能力向上、業績改善、問題解決を目的とした指導であること。
- 手段が適切である場合:
- 人格を否定せず、行動や業務上の事実に焦点を当てる。
- 感情的にならず、冷静かつ論理的に伝える。
- 具体的な改善策や期待する行動を提示する。
- 公開の場ではなく、個室などで配慮して行う。
- 反省を促すとともに、成長を期待するメッセージも伝える。
- 継続的にフォローし、改善が見られれば承認する。
ハラスメントと判断される可能性が高いケース
以下の言動は、ハラスメントと判断される可能性が非常に高いため、絶対に避けましょう。
- 人格否定、侮辱、名誉棄損: 「お前は本当に使えない」「バカじゃないのか」「辞めてしまえ」など、部下の人格を否定する発言。
- 身体的な攻撃: 殴る、蹴る、物を投げつけるなど、物理的な攻撃。
- 過度な精神的苦痛を与える言動: 大声で長時間怒鳴り続ける、執拗な叱責、長時間にわたる説教。
- 人間関係からの切り離し: 無視、仲間外し、必要な情報共有を行わない。
- 業務と関係ない私的なことに立ち入る: プライベートなこと(恋人の有無、家庭のこと、病歴など)を執拗に詮索する。
- 合理性のない過大な要求: 明らかに達成不可能な業務量を押し付ける、専門外の業務を無理にやらせる、能力や経験をはるかに超える業務を押し付ける。
- 合理性のない過小な要求: 部下の能力に見合わない単純作業ばかりさせる、仕事を与えない。
- 執拗な監視や監視行為: 必要以上に監視したり、監視カメラで業務外の行動まで監視したりする。
- 性的な言動: 性的な冗談、からかい、不必要な身体的接触、性的な内容の質問など。
- プライベートな情報(性的指向、病歴など)を本人の許可なく周囲に言いふらす。
- 「俺も昔はこうだった」という武勇伝の押し付け: 自分の価値観を一方的に押し付け、部下の意見を聞かない。
これらの言動は、部下の心身の健康を害し、働く意欲を著しく低下させるだけでなく、企業全体の生産性やブランドイメージにも深刻なダメージを与えます。

部下が育つ「ハラスメントにならない指導」5つのポイント
ハラスメントにならない適切な指導を行うためには、以下の5つのポイントを意識しましょう。
目的と期待を明確に伝える
「なぜこの指導が必要なのか」「あなたにどうなってほしいのか」という目的と期待を具体的に伝えましょう。部下は、指導の意図を理解することで、納得感を持って受け止めることができます。 例:「今回の資料、〇〇の部分が少し分かりにくかったから、□□のように修正してほしい。これは、お客様に製品の良さをより正確に伝えるために重要なことなんだ。」
行動・事実に焦点を当て、人格を否定しない
指導の対象は、部下の「人格」ではなく「具体的な行動」や「業務上の事実」に限定しましょう。 NG例:「君はいつも報告が遅いからダメだ。」 OK例:「先週の〇〇案件の進捗報告が、期日の□日より遅れたね。今後は、期日までに報告を完了できるよう、どうすれば改善できるか一緒に考えよう。」
感情的にならず、冷静に論理的に伝える
怒りや苛立ちといった感情に任せて指導することは避け、常に冷静な姿勢を保ちましょう。感情的な指導は、部下の反発を招き、萎縮させてしまいます。 「感情的に怒鳴る」のではなく、「冷静に、事実に沿って、どうすべきかを伝える」ことに徹しましょう。
プライバシーに配慮し、公開の場での叱責は避ける
部下の尊厳を守るため、注意や指導は個室など、他の社員がいない場所で行いましょう。大勢の前での叱責は、部下の自尊心を深く傷つけ、周囲にも悪影響を与えます。また、業務と無関係なプライベートな事柄に踏み込んだり、詮索したりすることも絶対に避けましょう。
傾聴と対話の姿勢を持ち、部下の意見も聞く
一方的に指導するだけでなく、部下の言い分や考えを聞く姿勢を持ちましょう。「なぜそうなったのか」「どうすれば改善できると思うか」といった質問を投げかけ、部下自身に考えさせる機会を与えます。対話を通じて、部下の視点や課題を理解し、共に解決策を見つけることで、部下は主体的に成長することができます。
指導の「質」を高めるためのチェックリスト
日々の指導がハラスメントになっていないか、適切に行われているかを確認するための簡単なチェックリストです。指導する前に、ぜひご自身の言動を振り返ってみてください。
- その指導は、業務上の必要性があるか?
- その指導の目的は明確か?(部下の成長や業務改善に繋がるか?)
- 人格ではなく、行動や事実に焦点を当てているか?
- 感情的になっていないか?
- 公開の場ではなく、個別に行っているか?
- 部下の意見や言い分にも耳を傾けているか?
- 具体的な改善策や期待する行動を提示しているか?
- 部下は納得感を持って指導を受け入れているか?(部下の表情や反応を見る)
- 指導後、フォローアップを行っているか?
これらのチェックポイントを意識することで、ハラスメントのリスクを低減し、部下が安心して成長できる環境を提供できるでしょう。
困ったときの対処法:一人で抱え込まない
どれだけ気を付けていても、「この指導で良かったのだろうか」「部下の反応が気になる」と不安になることもあるかもしれません。また、実際にハラスメントの疑いをかけられてしまった場合は、一人で抱え込まず、すぐに適切な対応を取ることが重要です。
上司や人事担当者への相談
- 事前に相談: 指導に迷いが生じたり、部下との関係に不安を感じたりした場合は、事前に直属の上司や人事担当者に相談し、アドバイスを求めましょう。
- 問題発生時の報告: 万一部下からハラスメントの訴えがあった場合や、その兆候が見られた場合は、速やかに上司や人事部門、社内の相談窓口に報告しましょう。隠蔽しようとすることは、事態を悪化させるだけです。
研修の活用
ハラスメントに関する正しい知識や、具体的な指導方法を体系的に学ぶことは、自信を持って指導を行う上で非常に有効です。社内研修や外部の専門機関が提供する研修に積極的に参加しましょう。

まとめ:部下を「育てる」指導のために
本コラムでは、ハラスメントにならない指導を行うための基礎知識と具体的なポイントを解説しました。指導とハラスメントの境界線は常に意識すべきデリケートな問題ですが、重要なのは「部下の成長を心から願い、尊重する」という姿勢です。
部下が「この人は自分のことを真剣に考えてくれている」と感じれば、たとえ厳しい指導であっても、ハラスメントと受け取られることは少ないでしょう。そのためには、感情的にならず、人格否定をせず、常に部下の成長に焦点を当てたコミュニケーションを心がけることが大切です。
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