なぜ上司が指摘をためらうのか
2023年の法改正により、ハラスメントへの社会的関心が急増し、中小企業でも対策が義務化されました。その結果、「ちょっとでも強く言ったら部下がハラスメントだと訴えるかもしれない…」と、必要な指導をためらうマネージャーが増えています。しかし、これは「ハラスメントに敏感になりすぎた誤解」が原因で、結果的に組織パフォーマンスを低下させるリスクを伴っています。

ハラスメントとは何か?法律と実務面の整理
労働施策総合推進法によると、ハラスメントとは以下の要件を満たす行為です。
- 業務上適正な範囲を超えた言動
- 社員の勤務環境を害したと判断される内容
つまり、「厳しく言うだけ」でハラスメントには該当しません。たとえば、成果が出ない部下を指導することは、上司の責務の範囲内に含まれます。ただし、その表現が人格否定や威圧ととられかねない場合は注意が必要です。
ポイント整理:
- ✅ 業務目的・改善を意図した指摘は正当
- ❌ 部下の尊厳を傷つける非建設的な発言はNG
「個人の感じ方」=「ハラスメント」ではない判断基準
よくある誤りは「部下が不快に思ったから、それがハラスメントだ」という短絡的判断。しかし法的には、「その行動が客観的に見て業務範囲を超えているか」が重要であり、部下の受け取り方だけではハラスメント判定にはなりません。
ただし、実務的には申告があれば速やかに事情確認が必要です。また、企業はハラスメント発生リスクを軽減するため、日頃から公平なガイドラインや研修によって「客観的な指導基準」を組織内で共有しておくことが望ましいです。
「ハラスメントを恐れて放任」では逆にハラスメントになる可能性も
一方で、指導や注意をしないことも問題です。部下がミスを繰り返すまま放置すると、仕事の割り振りに偏りが生じ、生産性が落ちたり、他のメンバーに余計な負担がかかるケースがあります。そうなると「適切な職場環境を提供しない」ことで、新たなハラスメント(心理的負荷増大など)につながるおそれがあります。
チェックリスト:
- 指導・注意しないことで生じている負担は?
- チームメンバーから公正・公平と思われる対応がとれているか?
ハラスメント対策に必要なのは“恐れ”ではなく“理解”
- ハラスメント防止研修は、「あくまで指導」と「パワハラ」の本質的な違いを理解することが目的です。
- 単に「やってはいけない行為リスト」を覚えるだけでなく、どういう状況でどんな声かけが適切かを具体的に学ぶ場であるべきです。
- 上司は「ハラスメントをしない」ことではなく、「部下を育て、職場を活性化する」ことを目的に指導すべきです。
エンゲージメントが高い職場にはハラスメントは起きにくい
部下が心理的に安全で、自律的に仕事に取り組む職場では、ハラスメントは発生しにくい傾向があります。ポイントは:
- 心理的安全性:ミスを抜本的に責めず、改善に向けたサポートがある
- 目標の共有とフィードバック文化:どうなったら成功かを明示し、進捗を伝える
- 対話の機会確保:週次1on1など、「対話の場」を設けて思いや状況を聞く
このような施策があれば、わざわざ「ギリギリOKな言動」を探す必要がなくなります。

労務リスクを回避するための実務対応
- 相談窓口の設置:人事や外部窓口に相談可能な仕組みを整備
- ガイドライン整備:「指導すべき範囲」とその例を明文化
- 研修内容の見直し:ケーススタディを多く取り込み、対話型・ロールプレイで学ぶ方式に
- 対応フローの導入:「申告→ヒアリング→判断→アクション」の流れを明示し、迅速対応
- 定期レビューと分析:実際の申告内容を分析し、ポリシーや研修内容を改善
これにより、法的リスクを減らすだけでなく、組織全体の信頼感や生産性向上につながります。
まとめ:恐れにとらわれず、部下と共に歩むマネジメントへ
- 法的には「業務上適正かどうか」が判断基準
- 指導しないこともハラスメントになりうる
- 恐れるのではなく、理解・対応できる体制が大切
- エンゲージメントを高める施策がリスクを抑える
ハラスメントは「やってはいけないこと」ではなく、「どうあるべきか」を考える出発点です。マネージャーには「部下の成長のために何ができるか」を自信をもって取り組んでほしい。そのために、企業としても適切な環境、学べる仕組み、そして支え合える文化を整えていきましょう。